大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京家庭裁判所 昭和46年(家)7717号 審判

申立人 林田久夫(仮名) (外一名)

相手方 林田恵子(仮名)

主文

一  別紙相続財産目録(略)一記載の各不動産、同二記載の各銀行預金及び現金、同三記載の有価証券、同四記載の電話加入権、同五記載の家具什器並びに同六記載の保管金は、すべて申立人林田久夫の取得とし、同六記載の敷金預り金債務は申立人林田久夫の負担とする。

二  申立人中田利子及び相手方は、別紙相続財産目録(略)一記載の各不動産につき、申立人林田久夫の前項に掲げる遺産分割による所有権取得の登記手続に協力せよ。

三  申立人林田久夫は、本件遺産分割の調整金として、申立人中田利子に対し金一五七一万六九七〇円を、相手方に対し金一九六四万六二一三円を、それぞれ支払え。

四  申立人林田久夫は、別紙相続財産目録(略)七記載にかかわる債務の支払として、申立人中田利子に対し金六二万七六九三円を、相手方に対し金七八万四六一七円を、それぞれ支払え。

五  本件調停及び審判の手続費用中、鑑定人村島穣に支払つた鑑定報酬(金一四万二〇〇〇円)は、予納の際支弁した者の負担とし、鑑定人蔵元二治に支払つた鑑定報酬(金二八万二〇〇〇円)は、そのうち金一八万二〇〇〇円を相手方の負担とし、その余を申立人らの負担とし、その余の費用はそれぞれ支出した者の負担とする。

理由

第一当事者の申立及び主張

一  申立の趣旨

被相続人亡林田光の相続財産につき、適正な遺産分割を求める。

二  申立の実情

1  被相続人林田光は昭和四五年一二月五日死亡し、相続が開始した。相続人は、長男林田久夫(申立人)、長女林田恵子(相手方)及び二女中田利子(申立人)の三名である。

(一)  しかしながら、次の事情により、本件相続については相手方は相続権を有しないと解すべきである。

すなわち、本件当事者らの父(本件被相続人の夫)亡林田康一郎(昭和三八年八月七日死亡)にかかる当庁昭和四三年(家イ)第一〇〇七号遺産分割調停事件において、昭和四五年七月三日別紙調書(略)記載のごとき調停が成立し、同日相手方は本件被相続人に対する遺留分放棄許可の申立をなし、同日当庁において許可審判がなされたが、これは、右調停以前に相手方が林田康一郎の遺産を他の相続人よりもはるかに多く取得し、右調停においても亡林田康一郎の遺産である同調停条項第三項記載の定期預金を相手方のみが取得したのみならず、そのほか更に本件被相続人(林田光)が相手方(林田恵子)に対し金一〇〇万円を支払うこととなつたので(別紙調書(略)の調停条項第三項中の金一〇〇万円の小切手がこれである。)、こうした相手方の多額の相続に対する条件として、林田光の相続が開始したときは相手方は一切相続権を主張しないとの趣旨で前記遺留分放棄がなされたものであるから、相手方は本件被相続人に対する相続権を全面的に放棄したものであり、本件遺産分割においては相手方には相続権がない。

(二)  仮にそうでないとしても、相手方は遺留分の放棄をなし、これにより実質的には相続放棄の意思を表示しながら、たまたま本件被相続人が遺言をしないまま死亡したのを奇貨として、本件において法定相続分を主張して譲らないのは、明らかに権利の濫用であり、また信義誠実の原則に違背するものであるから、相手方の相続権の主張は許されない。

(三)  仮にそうでないとしても、相手方は遺留分六分の一相当を放棄し、あるいは既に六分の一相当のものは受け取つているのであるから、遺言がない場合でもその相続分は六分の一となるものと解すべきである。

(四)  仮にそうでないとしても、前調停において相手方が取得した定期預金六六〇万一六〇六円のうち相手方の林田康一郎に対する法定相続分九分の二相当分(金一四六万七〇二三円)をこえる金五一三万四五八三円と、相手方が本件被相続人光から支払を受けた金一〇〇万円とは、民法九〇三条の特別受益に該当するものであるから、本件において相手方の法定相続分から控除すべきである。

3  申立人久夫と申立人利子との間においては、申立人らの取得分のうち申立人久夫が一〇分の六、申立人利子が一〇分の四を取得すべき旨の合意が成立しており、また分割方法についても申立人らの間では、申立人久夫が不動産をすべて取得し、申立人久夫から申立人利子に対し遺産の一〇分の四相当の金額を支払うものとし、その支払方法についても合意が成立している。

三  相手方の主張

1  申立の実情1記載の事実は、申立人ら主張のとおりである。

2  申立人らは、相手方に相続権がない等の主張をしているが、本件において相手方は法定相続分三分の一を有するものである。すなわち、相手方が遺留分の放棄をしたのは、そもそも相手方の真意に反するのであるが、仮にこの点が認められないとしても、遺留分の事前放棄は相続放棄の効力を有せず、また、本件について、被相続人(林田光)は遺言をしないで死亡したものであるから、右遺留分放棄は無意味なものとなり、これにより何の効力も生じないものである。

また、申立の実情2(二)ないし(四)の申立人らの主張はすべて争う。

3  分割方法として、相手方は本件不動産のうち別紙相続財産目録(略)一(二)記載の共同住宅(アパート)及びその敷地の取得及び調整金の支払を求める。けだし、相手方は亡林田康一郎の相続の際○○区○○○○所在の借地権及びその地上建物を取得し、これを賃貸してきたが、借家人との間に紛争を生じ、賃料収入が途絶えているので、これに代る現金収入を得たいからである。

第二本件の経過

申立人両名は、昭和四六年六月四日、本件遺産分割調停の申立をなし(当庁同年(家イ)第三二〇二号)、同年七月一五日に第一回の調停期日が開かれたところ、相手方から「調停には一切応じない」旨の意向が示されたため、当事者間に合意が成立する見込なきものとして同日調停不成立となり、審判に移行したものであるが、昭和四七年七月二九日再び調停に付され(当庁同年(家イ)第四七〇五号)、同年一〇月四日から前後七回にわたつて調停期日が開かれたものの、なお合意に達せず、昭和四八年八月七日調停委員会は当事者間に合意が成立する見込がないと認め、調停が成立しないものとして調停手続を終了させ、再び審判が開始されたものである。

第三当裁判所の判断

一  相続の開始

甲第一号証(筆頭者林田康一郎の戸籍謄本)によると、本籍東京都○○区○○○×丁目×番地×被相続人林田光は、昭和四五年一二月五日東京都○○区において死亡し、相続が開始したこと、最後の住所も東京都○○区であることが認められる。

二  相続人及び法定相続分

甲第一ないし同第三号証(筆頭者林田康一郎、同林田久夫、同中田俊彦の各戸籍謄本)によれば、相続人は長男林田久夫(申立人)、長女林田恵子(相手方)及び二女中田利子(申立人)の三名であると認められる(夫林田康一郎は相続開始前の昭和三八年八月七日死亡している。)。

したがつて、各相続人の法定相続分は、いずれも三分の一である。

三  相手方の相続権ないし相続分について

1  本件に至る経過

乙第一号証(調書)、同第七号証(計算メモ)、同第八号証の一、二(念証)、同第九号証(家屋明渡強制執行調書)、当庁昭和四三年(家イ)第一〇〇七号遺産分割調停事件の一件記録、同昭和四五年(家)第七二七六号遺留分放棄許可申立事件の一件記録、申立人久夫、同利子、相手方、参考人小山信三、同林田富男に対する各審問の結果並びに本件における当事者の主張の全趣旨を総合すると、本件に至る経過につき、次の各事実を認めることができる。

(一) 被相続人光の夫で本件当事者の父にあたる林田康一郎は、昭和二四年八月一一日「我国工芸一般の発達と技術の研究向上を図り、あわせて優良技術員の養成を目的」とする財団法人○○○○○○○を設立し、自ら理事長となり、申立人久夫を専務理事として東京都○○区○○○○×丁目×番地×所在の借地七四七・一〇平方メートル及びその土地上の工場を利用して事業を営んできたこと(申立人久夫及びその家族も同地上の建物に居住していた)。

(二) 林田康一郎は昭和三八年八月七日死亡したこと。

(三) 前記財団法人は経営上の必要から営利事業が主となり、本来の目的である木工技術者の養成が十分でなかつたため、監督官庁である東京都の注意を受けるようになつていたところ、林田康一郎の死亡をきつかけとして、関係者による協議の結果、財団法人を解散し、新たに有限会社を設立して財団の営利部門をひきつぐこととなり、昭和四一年一二月二六日右財団は解散し、その頃有限会社○○○○が設立され、申立人久夫が代表取締役に就任したこと。

(四) これと同時に亡林田康一郎にかかる遺産分割の話合も進められ、同人の主たる遺産としては、(1)前記○○○○の借地権及びその地上建物(右建物は元来林田康一郎が寄附行為により財団に提供したものであつたが、解散に伴ない康一郎の遺族に対し代物弁済による譲渡がなされた模様である。)、(2)○○区○○○○所在の土地一六・七三坪(五五・三〇平方メートル)並びに(3)別紙相続財産目録(略)一(一)(1)(二)(1)記載の土地合計二四三・二三平方メートルが存したところ、相手方は自ら分割の中心的役割をになつてこれを推進し、(イ)財団法人の経営権は金八〇〇万円以上の価値があり、申立人久夫がこれを承継したのであるから申立人久夫の取得分は他にはない、(ロ)右(3)の○○○の土地は本件被相続人光が取得する、(ハ)右(2)の○○○の土地は申立人利子が取得する、(ニ)右(1)の○○○○の借地権及び建物は相手方が取得する、その価値は鑑定書によると一七〇六万三〇〇〇円であるが、相手方はこれを換価する予定なので換価の際に出費の見込まれる地主に対する承諾料売買の仲介手数料、譲渡所得税等の経費を控除すべきであり、したがつて実質評価額は金九八〇万円である、(ホ)相手方は林田康一郎の死亡後その遺産分割協議案の作成に努力したのでその報酬金六七〇万円の支払を受けるべきである、等の主張をなし、本件申立人ら及び被相続人光もこれを呑んだような形となり、結局相手方は前記(1)の○○○○の借地権のほかに現金八〇〇万円、申立人利子が(2)の○○○の土地のほかに現金九〇〇万円、光が(3)の○○○の土地をそれぞれ取得するものとして、相手方が右○○○○の借地権を取得したことを承認する旨の本件申立人ら及び被相続人名義の念証(昭和四二年六月七日付)が作成されたこと。

(五) しかし、申立人ら及び光はこれを不服とし、申立人久夫が申立人となり、右のような協議は仮分割にすぎないものであるから林田康一郎の残余の相続財産(光名義の預金六六〇万一六〇六円)を含め分割をなすべきであるとして、昭和四三年二月二九日当庁に遺産分割調停の申立をなしたところ(同年(家イ)第一〇〇七号)、相手方恵子は康一郎の遺産分割協議は既に適法に成立し、残余の相続財産である光名義の右預金についてのみ分割すべきであるとしつつ、しかも(1)相手方が先に主張した分割協議案作成の報酬金六七〇万円が金五〇〇万円しか認められなかつたので残余の請求権がある、(2)財団法人の経営権の評価額を相手方は金八〇〇万円と主張したのに金五〇〇万円としか認められなかつたので残余の請求権がある、(3)相手方が取得した○○○○の借地権につき申立人久夫の明渡が遅れたこと等による損害金の請求権がある、(4)したがつて右光名義の預金六六〇万一六〇六円は相手方がすべて取得すべきであるなどの主張をなし、これに固執したため、調停は難行したこと。

(六) かくして、調停委員のあつせんもあつて、相手方の主張を申立人ら及び光がほぼ受け容れ、更に光から相手方に金一〇〇万円を支払うかわりに、今後光の相続については紛争を生じさせないために、相手方が光の遺留分放棄をすることとなり、これらを骨子として昭和四五年七月三日別紙調書(略)記載のとおり調停が成立し、同日相手方は右遺産分割調停事件において相手方を代理した内水主一弁護士を代理人として当庁に遺留分放棄許可の申立をなし(当庁昭和四五年(家)第七二七六号)、同日許可審判がなされたこと。

(七) そして、右調停の際、調停委員会から光に対し、遺言書を作成しておくようにとの勧告がなされた模様であるが、被相続人光は財産につき生前処分をなすことなく、また平素健康であつたためか遺言書を作成することもなく、脳溢血で倒れ、前記のとおり同年一二月五日不帰の客となつたこと。

2  相続放棄の点について

以上に認定した経過にかんがみると、被相続人が少なくとも相手方にはその財産を相続させない意図を有し、申立人久夫又は申立人ら両名に財産を譲渡する意思であつたことは十分窺われるところ、相手方はこのような被相続人の意図を知りながら遺留分の放棄をなしたものであるから、要するに、相手方は被相続人の相続に関しては何も主張しないことを承認し、その意思を表示したものと解することができる(相手方は遺留分放棄が真意によるものでなかつたと主張するが、当裁判所の審問結果中の相手方自身の右主張に副う供述部分は到底信用できず、他に右主張に副う証拠はない。)。その意味で、相手方は相続放棄の意思を表示したといつてもよいであろう。

ところで、周知のごとく、現行法は相続開始後における家庭裁判所に対する相続放棄の申述制度をもうけ、また生前における遺留分放棄許可制度をもうけているが、生前における相続放棄ないし放棄契約については明文の規定を置いていない。このため、生前における相続放棄ないし放棄契約はこれを否定するのが通説及び判例の傾向のように看取される。

生前における遺留分の放棄が認められていることとの権衡及び当事者の自由意思の尊重(私的自治の原則)の点を考えると、相続債権者に相続債務の不承継を対抗しうるものとしてではなく、相続人間の内部的な合意としての相続の放棄であれば、これを認めても、放棄者の意思さえ明確に認められる限り、特に幣害もなく、かえつて合理的ではないかと思料され、また社会的事実としては法律的知識の不十分もあつて、本件のように相続の生前放棄の意味合いを含めて遺留分の放棄が行なわれているのではないかと推測されるところ、生前放棄を認めた方がこれらの実態にも合致するのではないかと思料されるのであるが、現行法の建前として右のように解することにはなお疑問があり、当裁判所としてはなお消極に解さざるをえないところである。

3  権利濫用及び信義則違背の点について

次に相手方が本件において相続権の主張をなすことが権利濫用又は信義則違背となるかを検討する。

前認定の経過に照らすと、相手方は、前調停の成立の時点では、被相続人がどのような遺言をしても遺留分を主張しないことを宣言したものであるのに、たまたま遺言がなかつたことから、これを奇貨として法定相続分を主張し、まつたく譲歩する姿勢を示さないものであつて、このことは、たしかに相続権の濫用若しくは信義に反した主張ではないかと疑わしめるに十分であるが、しかし、権利濫用又は信義則違背として相手方の相続権の主張を全面的に否認するにはなお疑問が残り、申立人らの主張を採用することはできないところである。

4  次に、申立人らは、相手方は遺留分(六分の一)を放棄したのであり、また現に六分の一相当のものは既に取得しているから、相続分が存するとしても、法定相続分三分の一から遺留分相当分を控除した六分の一を有するにとどまると主張する。

しかしながら、遺留分の放棄は、遺言者が生前贈与又は遺言をなした場合において、これによつて侵害される遺留分の減殺請求による権利をあらかじめ放棄するとの趣旨のものであるから、贈与又は遺言(遺贈ないし相続分の指定)がなされない場合には、その相続分自体に消長をきたすものとは解されない。

5  次に、申立人らは、前調停の際に相手方が取得した部分を特別受益とみるべきであると主張するので、この点につき検討する。

さきに認定した前調停の経過にかんがみると、いわゆるプール金六六〇万一六〇六円のほかに相手方が金二〇〇万円を要求し、光らは、同人が遺留分放棄をすることのいわば代償として金一〇〇万円を光個人の小切手により支弁したことが明らかであり、全体としてみると遺留分放棄の対価としての意味があつたものと認められる。

そして、被相続人光による贈与又は遺言がなかつたことにより遺留分放棄の意義が消失したので、相手方は結果的に利益を得たことになるものであるところ、今回の分割にあたつてこれを調整した方が当事者間の実質的衡平には合致すると思われるが、さきになされた別個の調停内容であつて、しかも遺言のなかつたことにより結果的に生じた受益を民法九〇三条の特別受益に含めることには疑問があり、消極に解さざるをえない。

6  なお、本件の経過にてらすと、被相続人光の生前贈与があつたといえるかどうかも問題となりうるので、ここで検討する。

前認定のとおり、前調停の経過にかんがみると、被相続人が同人に属する財産のすべてを相手方には譲らず申立人久夫又は申立人両名に承継させる意図を有していたことは明らかであるが、右調停において贈与契約が成立したと認めることは困難である。

また、参考人小山信三及び申立人久夫の供述によると、被相続人は相手方の遺留分放棄によりすべてが解決したと考えており、またしばしば財産は申立人らに取得させる趣旨の発言をしていたことが窺われるが、その反面、参考人林田富男の審問結果の中には、被相続人が遺言をしなければならないと考えていた旨の供述もみられ、これに照らすと、被相続人が申立人久夫又は申立人両名に対し、その財産を生前贈与したものとまでは認定しがたいところである。

7  以上に検討したところによれば、現行法上は、結局において相手方に三分の一の法定相続分を認めざるをえない結果となる。この結論は、本件の経過にてらすと、相続人間の実質的衡平を保持していないうらみがあることは否定しえないが、現行法の解釈としてはやむをえないと解され、また、実質的衡平に応じて裁判所が相続分を変更することは相続人の合意に基づかない限り認められていないので、いかんともしがたいところである。

四  各当事者の相続分

以上のとおり、相手方については、法定相続分三分の一を有するものと解さざるをえないが、甲第二〇号証(遺産分割協議書)及び昭和五一年四月一三日の審判期日における申立人ら代理人の陳述によると、申立人久夫と申立人利子との間においては、相手方の相続分のいかんにかかわらず、申立人久夫が六割の相続分を、申立人利子が四割の相続分とする旨の協議がなされたことを認めることができる。相続分は相続開始後は各相続人に帰属する権利関係であり、その自由処分は私的自治の原理に照らし有効であるから、右は一種の相続分の譲渡として有効であると解される。

しかるときは、本件各相続人の相続分割合は、申立人久夫が一五分の六(五分の二)、申立人利子が一五分の四、相手方が一五分の五(三分の一)と算出される。

五  相続財産について

1  不動産

(一) 乙第三、第四号証(登記簿謄本)によると、別紙相続財産目録(略)一(一)(1)、(二)(1)記載の各土地はもと一筆であつて、昭和一七年九月八日林田康一郎が購入し、その所有となつたものであるところ、登記上は昭和四六年八月一三日付をもつて、右林田康一郎の死に伴う相続を原因とする林田光、久夫、恵子、利子の相続登記及び昭和四五年一二月五日林田光の死亡による相続を原因として光の持分につき久夫、恵子、利子の取得登記がなされていることが明らかであるが、乙第一号証(家事調停調書)によれば、前記のとおり、右各土地は亡林田康一郎の遺産分割調停によつて林田光がすべてを取得したものであると認められる。したがつて、右登記は真実に合致しないものであり、本件各土地は被相続人林田光の所有に属していたものであつて、本件相続及び遺産分割の対象と認むべきである。

次に、別紙相続財産目録(略)一(一)(2)及び(二)(2)の各建物はいずれも未登記であるが、甲第七号証(建物登記簿謄本)及び当事者に対する審問の結果によると、高速道路の建設される以前には、本件旧土地上に家屋番号二番二、木造二階建居宅(一階二五六・六〇平方メートル、二階四六・二八平方メートル)があり、右旧建物は昭和一三年に林田光が購入した旨の登記がなされ、昭和三七年頃高速道路建設の際取りこわされ、新たに高速道路の南側に(一)(2)の居宅が、北側に(二)(2)の共同住宅がそれぞれ建築されたこと、前記林田康一郎にかかる遺産分割調停においては、本件建物はその対象とされていないことが明らかであり、これらによれば、右(一)(2)、(二)(2)の各建物も林田光の相続財産であると認められる。

また、甲第六号証(登記簿謄本)及び当事者に対する審問の結果によれば、別紙相続財産目録(略)一(三)記載の土地(現況私道)の共有持分は、昭和四五年八月二四日、被相続人林田光が高速道路公団から買い受けて取得したもので、登記上は相続登記がなされているが、遺産分割がなされたと認むべき資料はないので、本件分割の対象となると認められる。

(二) 次に、本件各不動産の評価について検討するのに、当裁判所は二度にわたり鑑定を命じたが、分割審判に最も近接した時点における鑑定評価額をもつて遺産価額とするのが相当であることを考慮すると、鑑定人蔵元二治(日本不動産研究所所属)による鑑定結果によるのが相当である。

右鑑定結果によると、別紙相続財産目録(略)一(一)(1)(2)の土地建物(居宅)及び(三)の私道(共有持分)の評価額は合計金二、二〇〇万円であり、また別紙相続財産目録(略)一(二)(1)(2)の土地建物(共同住宅)の評価額は合計金一、七四二万円である。そして、当裁判所として右鑑定結果に特段の不合理性を見出すことができないから、右各金額をもつて本件不動産の評価額と認める(右鑑定による評価額は換価の場合の売買価格に相当するものであろうから、これから換価を想定した場合の通常必要とされる仲介手数料や諸税等の譲渡による経費を控除すべきではないかとも考えられるが、その額を確定することができないので、右鑑定評価額によることとする。)。

2  銀行預金及び現金

(一) 乙第二号証(相続税申告書控)、申立人久夫及び相手方に対する各審問の結果並びに当事者の主張の全趣旨によれば、別紙相続財産目録(略)二記載の各定期預金、普通預金及び現金が被相続人林田光の相続財産であると認められる。

ところで預金債権も金銭債権であり(定期預金も少なくも期間が満了したものについては、一般金銭債権と同様と解される。)、したがつて原則として可分債権であるから、相続開始と同時に各共同相続人に相続分に応じ分割承継され、分割の余地はないものと解されなくもないが、預金の払戻については相続人全員の同意書または遺産分割協議書の提示を要するとするのが銀行の扱いのごとくであり、分割の必要性は否定しえないし、特定の相続人に取得せしめるのが合理的な場合もあることをも考えあわせると、遺産分割審判においてこれらを分割の対象とすることも許されるものと解するのが相当である(なお、本件の場合、当事者はこれを分割の対象とすることに合意していると解される。)。

(二) 次に、預金の利息について考えるのに、利息の帰属は分割の遡及効(民法九〇九条)によつて決せられるとの理論もあるが、遺産の評価は分割時においてなすべきであるとの理論にかんがみ、また、預金の利息はその額を容易に確定しうるものであること、本件において利息を計上することにつき当事者間に争いがないこと等の事情にかんがみると、本件においては利息を加算するのが相当である。

そして当事者の主張の全趣旨にかんがみると、銀行預金及びその利息の額は別紙相続財産目録(略)二記載のとおり(一)ないし(五)の元利合計が金三五〇万七、四〇七円と認められ、(六)ないし(八)については利息等を加算するのが相当か疑問があり、またこれを確定しがたいので元金を加算し、合計金三八六万八、六〇七円について、分割することとする。

3  有価証券

乙第二号証(相続税申告書控)並びに申立人久夫及び相手方に対する審問の結果によれば、別紙相続財産目録(略)三記載の○○○○社債金一〇〇万円が被相続人の相続財産であると認められる。

また右証拠によれば、昭和四六年から年二回年間金七万六、〇〇〇円の配当があると認められるが、右配当は後記保管金中に計上されているので、ここでは掲げない。

4  電話加入権

乙第二号証並びに申立人久夫及び相手方に対する審問の結果によれば、別紙相続財産目録(略)四記載の電話加入権二点が相続財産であり、その評価額を金八万円とするのが相当と認められる。

5  家具什器

乙第二号証並びに申立人久夫及び相手方に対する審問の結果によれば、被相続人所有の家具什器類として総計金一八〇万円相当のものが存することが認められる。

6  保管金及び債務について

(一) 相手方は、本件共同住宅(アパート)にかかる相続開始後の収益(家賃収入から諸経費を控除したもの)及び前記○○○○社債の利息(いずれも申立人久夫が保管している。)をも分割すべきであると主張する。

この点についても、預金等の利息と同様、民法九〇九条により不動産の取得者が収益も取得すべきであるとの理論もあるが、不動産の評価に収益が含まれていない限りは、収益も原則として相続分に応じて分割するのが至当である。もつとも、通常は一部の相続人がこれを収受しているので、他の相続人から応分の支払請求をなすことになるところ、右は遺産そのものではなく、一種の不当利得返還請求権であるから、訴訟事項であるのが原則であるが、当事者間において合意のある場合には、遺産分割手続と合わせてその清算をなすことも差支えないものと思料される。

そして、本件においては、当事者間で分割手続と合わせて清算を行なうことにつき異存がなく、また、その額は、当事者の主張の全趣旨によると、金一、三一七万四、〇三一円と認められる。

なお、右の家賃収入から控除する経費は、管理に要する実費のみであるところ、記録によつて窺われるところからすると、管理担当者たる申立人久夫の報酬相当分が不当利得として問題となりうるのではないかと考えられるが、狭義の遺産分割事項には含まれないと解されるうえ、申立人久夫が請求していないので、本審判ではとりあげないこととする。

(二) また、当事者の主張の全趣旨によれば、敷金の預り金として借家人に返還すべき債務が金四〇万四、〇〇〇円存することが認められる。右金員は相続開始後に生じたものを含むので、これを前記保管金と合わせ一括して、本審判において帰属及び負担者を定めるのが妥当であると思料される。

7  債権について

乙第二号証(相続税申告書控)並びに当事者の主張の全趣旨によれば、申立人久夫に対する被相続人の貸付金債権として、別紙相続財産目録(略)七記載のとおり、元金一七九万円、昭和五二年三月三一日までの利息金五六万三、八五〇円、元利合計金二三五万三、八五〇円が存することが認められる。

ところで、貸金債権のように純然たる金銭債権は、債権者たる被相続人の死亡に伴ない、相続分に応じて当然に相続人に分割承継されるべきものであり、本件の場合には、申立人久夫の承継した部分は混同により消滅し、申立人利子及び相手方はその承継した部分につき債務者たる申立人久夫に請求しうるとことなるところ、その実現のための公権的手段は民事訴訟手続であるのが原則であるが、本件のように遺産分割手続と合わせてその給付命令をなすことにつき当事者間に合意をみている場合には、分割審判においてその支払を命ずることは差支えなく、該審判に既判力は生じないが、執行力は生ずるものと解する。

8  なお、相手方は当初、相続開始後申立人久夫が別紙相続財産目録(略)一(一)(2)記載の居宅(「本件居宅」ともいう。)に居住してきたことによる使用損害金を分割の対象とすべきであると主張してきたが、最終的には本審判による分割と切り離して別個に解決することにつき当事者間に合意をみたので、本審判ではこれを審判の対象としない(なお、右のごとき損害金の請求権が発生するか、また本来分割の対象となるかについては次のような疑問がある。すなわち、本件の場合、申立人久夫とその家族は従来は前記○○区○○○○所在の借地上の建物に居住してきたところ、父康一郎の死亡後相手方がこれを分割により取得したと主張して申立人久夫との間に紛争を生じたため、申立人久夫は〇〇〇の本件居宅に被相続人光と同居するに至つたものであり、光は申立人久夫及びその家族の同居を容認していたものであり、使用貸借関係が認められるのであるが、光としてもその死後申立人久夫に直ちに退去の義務を生じさせるべきものと考えていたとは思われず、少なくとも遺産分割のなされるまでの暫定的な期間は使用貸借関係が継続するものと解すべきではなかろうか。また、仮に右居住が権原によらないものであるとしても、相続人と居住者との間に生じうる損害金の関係が不法行為による損害賠償請求権であるのか、不当利得返還請求権であるのか、後者の場合本件申立人久夫が悪意であるのか善意であるのかは認定の困難な問題であり、これらによつて賠償請求権や返還請求権の範囲が大幅に異なつてくるのである。ところで、一般に遺産から生ずる収益についてはこれを狭義の遺産分割と合わせて帰属を決するとするのが近時の審判例の傾向であり、当裁判所も前記6においてアパートの収益を分割の対象としたが、この使用損害金なるものについてはこれと同視しえず、その存否及び額を訴訟手続確定にゆだねるを相当とすると解される。このように元来分割審判の対象とするのは相当でないうえ、前記のとおり当事者間で本審判による分割からは除外するとの合意が成立したので、当裁判所はこれを除くこととした次第である。)。

また、相手方は当初、簡易生命保険金についても分割の対象とすべき旨を主張していたが、その使途につき当事者間に争いがあつたところ、最終的にこの点も本審判による分割より除外する旨の合意がなされたので、当裁判所はこれを分割の対象としない。

六  相続財産の評価

1  不動産        金三、九四二万円

2  預金・現金        金三八六万八、六〇七円

3  有価証券         金一〇〇万円

4  電話加入権          金八万円

5  家具什器         金一八〇万円

6  保管金        金一、三一七万四、〇三一円

債務            金四〇万四、〇〇〇円

(債務を控除した額) 金一、二七七万〇、〇三一円

7  貸金債権         金二三五万三、八五〇円

七  分割方法について

1  申立人両名は、仮に相手方が本件各相続財産について相続分を有するとしたときは、申立人久夫が不動産を取得し、相手方がその余の財産を取得し、金銭債権をもつて調整する方法を希望するごとくであり、これに反し、相手方は、別紙相続財産目録(略)一(二)記載の共同住宅及びその敷地の取得を希望し、その根拠として、相手方はさきに被相続人林田康一郎の遺産分割の際に○○○○の不動産を取得したが、現在その賃借人との間に紛争を生じ、収入が途絶えているので、これに代わる現金収入を得たいと主張している。

当裁判所は、申立人久夫に不動産を取得させるを相当と思料する。すなわち、まず本件居宅については、現にこれに居住し、これを最も必要とする申立人久夫に取得せしめるのが相当なことはみやすい理である。次に本件共同住宅について検討するのに、相手方は前認定のとおり、既に被相続人林田康一郎の遺産分割に際し、主要な不動産である○○○○の借地権及び建物を取得しているのであるから、本件分割において更に本件共同住宅(及びその敷地)を取得させることは、相続人間の衡平を損うものであり、また、右○○○○の建物について借家人との間に紛争を生じたのは主として相手方のみに関する事情であつて、申立人らのあずかり知らぬところであり、これをもつて本件アパートを相手方に帰属せしめる合理的理由とはなしがたい。更に、本件共同住宅は申立人久夫居住の本件居宅に隣接して所在するのであるから、同一人に取得せしめ、本件居宅の取得者に本件共同住宅の管理を委ねるのが合理的であつて、○○市に居住する相手方に取得せしめてその管理下におくのは(第三者に管理を委託するとしても)妥当でない(申立人久夫と居住者との間に形成されている信頼関係も軽視しえない。)。

これらの事情を考慮すると、本件共同住宅(及びその敷地)は、本件居宅(及びその敷地)とともに、申立人久夫の取得とするのが相当である。

2  別紙目録(略)二の預金・現金、同目録(略)三の有価証券については、いずれの取得とする必然性も存しないが、従前申立人久夫がこれを管理してきた経緯からすると、すべて申立人久夫に取得せしめ、これらに対する相続分相当額を申立人久夫から他の相続人に支払わしめる債務を負担せしめるのが相当と思料される。

3  別紙目録(略)四記載の電話加入権及び同五記載の家具・什器類は、本件居宅中に所在するものと認められるから、不動産の取得者と同一相続人に取得せしめるのが合理的である。したがつていずれも申立人久夫の取得とし、他の相続人には申立人久夫に対する相応する債権を取得せしめるのが相当である。

4  別紙相続財産目録(略)六記載の保管金及び敷金預り金債務については、保管金は申立人久夫の取得とし、債務は申立人久夫が承継負担するものとし、申立人利子及び相手方については、保管金の額から債務の額を控除した金額に対する相続分相当額を申立人久夫から支払わせるのを相当と思料する。

右のうち、債務の負担については、前述のとおり債権者の了承を得ていないから、本来の債務引受の効果を生ずるものではなく、債権者に対抗できるものではないが、仮に申立人利子ないし相手方が債権者の請求に応じ相続分相当額(法定相続分である。)を支払つたときは、その金額について申立人久夫に求償しうることとなるものである(本件の実情にかんがみると、既に相続開始後長期間にわたつて申立人久夫が本件共同住宅の管理を行なつており、右敷金返還債務もその過程で生じたものと解されるから、本件共同住宅を申立人久夫の取得とすれば債権者から申立人利子や相手方に返還請求がなされることはまず生じないと考えてよい。)。

5  別紙相続財産目録(略)七記載の貸付金については、前述したとおり、申立人利子及び相手方の各相続分に応じた承継額について申立人久夫に給付を命ずることとする。

6  以上の考慮に基づいて、申立人久夫が申立人利子及び相手方に負担すべき債務の額について検討する。

本件不動産、預金・現金、有価証券、電話加入権、家具・什器及び保管金(債務を控除したもの)の合計価額は金五、八九三万八、六三八円であるから、申立人利子についてはその一五分の四に相当す一、五七一万六、九七〇円(円以下四捨五入)が、相手方についてはその一五分の五(三分の一)に相当する金一、九六四万六、二一三円(円以下四捨五入)が、それぞれ取得すべき債権額となる。

また、貸金債権金二三五万三、八五〇円のうち申立人利子の承継分は、その一五分の四に相当する金六二万七、六九三円(円以下四捨五入)であり、相手方の承継分はその一五分の五(三分の一)に相当する金七八万四、六一七円(円以下四捨五入)となる。

八  結論

以上のとおりであるから、本件不動産、銀行預金及び現金、有価証券、電話加入権、家具什器一切はすべて申立人久夫の取得とすることとするが、そのうち本件不動産は前記のとおり一部相続登記がなされ、一部未登記であるから、申立人利子及び相手方は遺産分割に基づく申立人久夫の取得の登記手続に協力すべきものである。また、申立人久夫は、遺産分割の調整金として申立人利子に対し金一五、七一万六、九七〇円を、相手方に対し金一、九六四万六、二一三円をそれぞれ支払うべきであり、更に貸金の支払として申立人利子に対し金六二万七、六九三円を、相手方に対し金七八万四、六一七円を支払うべきものである(申立人久夫と同利子との間では、相手方の取得分を六分の一とした場合において、申立人久夫が申立人利子に支払うべき金員の支払方法について合意が存したが、本審判では条件が変つており、右両名間で話合がなされることが予想されるので、あえてその条件を本審判で確認して主文に掲げることはしない。また、申立人久夫の相手方に対する債務については、法律上は一括支払を命ぜざるをえないが、相手方の相続分については既に論じたとおり、法形式的には相手方に三分の一の相続分を認めざるをないとしても、実質的には問題のあるところであるから、本審判に基づく右金員の支払方法については、申立人久夫の支払能力に応じて相手方の譲歩により両名間で話合のなされることを期待したい。)。なお、別紙目録(略)六記載の敷金預り金債務は申立人久夫がこれを負担すべきである。

次に、本件における手続費用の負担について検討するに、鑑定人村島穣に支弁した分は、予納の際支出した者の負担とするのが相当であるが、鑑定人蔵元二治に支弁した分は、相手方がとくに再鑑定を求めたことにより必要となつたものであること、しかしながら鑑定結果自体は申立人らに有利なものとなつたことその他諸般の事情を考慮して、主文第五項記載のとおりの負担とし、またその余の費用はそれぞれ支出した者の負担とする。

よつて、主文のとおり審判する。

(家事審判官 岩井俊)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例